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聖衆来迎図の思想

阿弥陀来迎図についてですが、

その御来迎の意味ですよね。

佛説(お経)には、心不顛倒。 即得往生。

と説かれております様に臨終をむかえる人が心が乱れる事のない様に阿弥陀聖衆がお迎えに来られる訳なんですね。

もっと深く言いえば、断末魔の苦しみに合わない為になんです。

ですから、阿弥陀来迎の佛図というのは臨終の恐怖を超える為の一つの手段なんですね。

阿弥陀聖衆来迎図には主に二つ有りますね。

西方極楽から急行下(急角度)で来迎引接(ライゴウインジョウ)を表す佛画と

与諸聖衆。現在其前。是人終時。

と説かれております様に正面真向きの御姿で眼の前にお出ましなられている佛画と二つの形があるわけなんですね。

例えば、

わたしが阿弥陀二十五菩薩の佛画を個人で購入するのでしたら、完璧な美を求めるでしょうね。

理想(思想)ですけどね、

色彩2:金泥8  色彩仕立てより金泥仕立てを主とし、

弥陀 観音 大勢至 聖衆 全て藤原時代ノ截金紋様、

尊顔は、全て中世時代ノ御尊顔、

阿弥陀の放つ光明は十九本、この十九の光明というのは、佛説(お経)で説かれております、臨終現前の願(リンジュウゲンゼンノガン)ですね。

雲は紫雲(シウン)で、

歌舞の菩薩の動きは残像感があるような雰囲気をかもちだし、

菩薩方(聖衆方)の持たれている雅樂器は鳳笙は煤竹で、樂太鼓の火焔飾りはこうで飛龍と鳳凰(朱雀)も、、って感じなんですね。

だから中々、理想な佛画に御目にかかれないのですがね。

ですが、生きている間に理想の佛画に出逢える事がなくてもそれは構いませんね。

いつかは本物が来迎引接してくださいますのでね、私の場合は。ですから願はあっても其処までの執着は無いですね。

 

美を求める一生を送る。

来迎絵画から音が聴こえてくるようですね。